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初歩から学ぶ英語会話

http://www.m-and-h.com/のブログとポッドキャスト記事:学びながら英語のコミュニケーション能力とは何か考えていきます

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2. What’s your name?:初対面では使わない表現

マイク、初めて先生に会う
自己紹介は 年齢を問わず自分も相手も対等な人間として認め合う機会である。自分の名前を名乗り、相手の名前を覚えるだけではない。よい印象を与え、相手に自分を売り込むチャンスでもある。

ところで、英語会話を教えるテキストの中には、初対面の場面が次のような会話で始まるものがある。
A: What’s your name? (下降調のイントネーション)
B: My name is Taro Yamada.

この場合、AとBは対等な関係ではない。Aの方がBより上の立場である。主人と奴隷という関係が存在した時代にさかのぼれば、初対面でこういう会話も存在したかもしれないが、現在、こういうやりとりが考えられるのは、警察官と取り調べを受ける側の会話ぐらいだろう。“What’s your name?”は、それほど威圧的な響きを持つ表現なのである。

言葉はそれを使う人々の人間関係を反映する。言葉を教えるときにそのことも教えるのは大事なことである。そうした側面から見ても、上記のような会話を初対面のときに使う表現として教えるのは、学習者を回り道へと誘導しているようなものである。

初対面の場面は多くのテキストで最初の章に出てくる。このような会話が載っているテキストには、場面にふさわしくない不自然な英語表現があちらこちらで使われていることが多い。テキストを使わずに会話を教えるような英語会話教室に関しても同じことが言える。英語を教えているつもりなのに、あるいは、英語を習わせているつもりなのに、学習者に回り道をさせていないだろうか?

不自然な英語表現を教えるテキストが日本で制作されたものであるとは限らない。実際、イギリスで制作されたテキストにも“What’s your name?”が載っているのを見たことがある。

英語を近所の外国人に習っている子どもがやってきて“My name is ___ ___. What’s yours?”と突然、話しかけてきたという話を聞いたことがある。おそらく、その子は習いたての英語を自慢したかったのだろう。そんな無邪気な子どもにいったいどんな反応をしたらいいのだろう? そういう英語表現は使わないとか、そういう尋ね方は失礼だとか、本当のことが言えるだろうか? それとも、その時点でその子が楽しんでいるからそれでいいと考えるべきなのだろうか?

場面にそぐわない表現を学んでしまうと、後に実際の場面で様々な支障をきたす。そのひとつは、聞き取りの力が落ちる点である。ある場面で使うものとしてひとつの表現を学んだ場合、同じような場面でその表現が聞こえることを期待するようになる。実際の場面で、期待したのと全く異なる音が聞こえてくると、その音を聞き逃す可能性は高くなる。主語、動詞のあるセンテンスを期待しているところに、短いフレーズで問いかけられ、聞き取れないことが日本人の学習初心者にはしばしばあると思われる。

たとえば、機内で “Which do you like better, A or B?”と尋ねられるだろうと期待しているところに“Chicken or beef?”と聞かれると、その短いフレーズを聞き逃してしまうという事態が起こりがちである。(機内での会話については TAKESHI’S PODCAST 1, TAKESHI’S PODCAST 2 へ)

人は全ての音を聞き取っているわけではなく、聞き取れなかった音を言葉の前後関係や場面から推測して補い、相手の言葉を理解する。したがって、ある場面でどういう音が聞こえてくるのか予測する力を高めることは、 学習初心者にとっては特に、 聞き取りの力を高めることに直結する。場面にそぐわない表現を教えるのは、その逆を行うことである。英語学習の回り道の迂回度をさらに大きくしているわけである。

英語の聞き取りは難しいと思い込んで習得することを諦めてしまうケースは多い。回り道が遠く複雑になるほど、そういう諦めの境地に達する学習者が増えるのではなかと危惧する。

場面にそぐわない表現を使って実際に話すと、自分の意図したことと違うことが伝わることになり、ときには、思わぬ恥をかいてしまうこともあるかもしれない。恥をかいても、自分の誤りに気づいて、適切な表現を身につけることができれば、回り道したということですむかもしれない。しかし、中には気づかずにその表現を使い続ける人もいる。

母国語でもちょっとした言葉の綾がとんでもない誤解を生むことはありうるが、それは外国語でも同じ、いや外国語となると誤解を生む確率は高くなると言えるだろう。言葉は繊細なものである。人間の複雑な思考や感情を表現するための道具だから繊細にならざるを得ない。外国語として学ぶには、やっかいなことであるが、そういうものとして受けとめて学んでいくしかない。それが回り道せずにすむ方法である。

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